上杉まつりの武帝式を見物 (上杉祭り 3)

[ 米沢上杉まつりの旅 第5回 ]
(2008年5月初旬にした旅のことを書いてます)


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画像1:上杉まつりの上杉謙信




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上杉太鼓






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上杉謙信参上






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馬廻組槍隊の槍舞






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砲術隊






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砲術隊






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勝どきの声







日も落ちて暗くなった19時前、「上杉家御廟」から再び米沢城址へ戻ると、「武帝式」のある広場には、やはり大勢の見物客が集まっていました。 事前に売り切れていた桟敷席は勿論、無料席にも空はなし。 始まる時を沢山の人が待っていました。

この「武帝式」もまた面白かった。

辺りは暗くなり、照明の光が会場を照らす幻想的な雰囲気の中、上杉謙信が出陣の前に行なったという「武帝式」のようすが会場に流れるナレーションにそって進行し、1つのストーリーを持った劇となって再現されているものでした。

この「武帝式」がどのように行われていたのか、それぞれの儀式がどういった意味を持っているのか、目の前の甲冑武将たちが演じてゆく行事を説明を聞きながら見て行く。 こういった形の祭事見物は初めてで、東北にはこういった物もあったのかと驚きと新鮮さも感じました。

さかのぼってその時代の米沢へ行き、「川中島の合戦」の前夜を覗いている、大袈裟ですが、幻想的な雰囲気の中ではそんな感覚にさえなりました。

上杉謙信の命日の祭事なのが「上杉まつり」とのこと。

他の地で見るこういった偉人の名を持つ祭事は、だいたいがその方の供養を儀式的に行なっている物が多いと思います。 甲冑姿の人たちが現れても演舞やその地の伝統的な舞などはみな奉納という形で行なわれています。 けれど、この米沢の「上杉まつり」は、その人物、上杉謙信という人物の姿を現世の人たちに見せる、知らせる機会として活かしていると思えました。 実際僕も知名以上の事を上杉謙信について何も知らなかったのですが、この人物がこの地でどう伝えられているのかを今回の祭事見物で目にする事ができました。

他にも印象に残った物が幾つかあったのですが、その一つは「上杉太鼓」という2人が両側から打ち鳴らす大きな太鼓。

叩く人が代わりながら止む事なく続けられるのですが、聞くうちに、叩く人によって打ち鳴らし方が違う事にも気付き、この「上杉太鼓」というものの面白さや迫力を感じました。 夜の会場に響き続ける太鼓の音は、未だ印象に強く残っています。

それともう一つあるのですが、それは砲術隊が発砲した時の音の大きさ。

僕の住む宮城県内でも鉄砲隊の発砲演技というのは幾つかの祭事であるのですが、ここまで音の大きなものを見たのは初めてでした。

一瞬身が縮こまるほどの大きさで、空砲とは思えない迫力でした。







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米沢上杉祭りの旅 第5回 現在山形県米沢市



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